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沖縄ベタニヤチャーチの山内牧師のブログです。毎週更新しています。

2018年12月09日 牧師 一口メモ

家族4人で兵庫県、京都を巡ってきた。

目的は息子の新居探しであった。来年は大学生として一人で生活を始める。そのために早めに住居を決める必要があった。行ってすぐに祈りが聞かれ、最高に良い場所の素敵なアパートが見つかった。ハレルヤ!!

京都には大学合格の褒美として紅葉を見に行った。本人の希望も強かったし、私も紅葉は初めてだったので期待に胸をふくらませていた。まず最初は嵐山でトロッコに揺られながら紅葉を見た。山全体が紅葉し赤や黄色に染まっていた。とてもきれいで心が癒される思いだった。続いては2時間ほどの保津川下りに挑戦した。30名乗りの小さな船に乗って美しい紅葉を見ながらゆったりと川を下るのは、とてもすばらしい体験だった。続いて、嵯峨嵐山の竹林の道を散歩した。背の高い竹が織りなす林は大変美しい光景であった。竹の香りにも癒された。

最後に有名な清水寺の紅葉を見に行った。人が多いのにはびっくりした。そして何より驚いたのは寺の本堂の入り口に掲げられた言葉であった。案内の看板に「胎内めぐりの順路→」と示してあったのだ。つまりサタンの胎内に入り、そしてサタンの子供になる契約の入り口なのである。これが日本の子供達の悲劇の原因だと悟った。年間で一番多くの修学旅行生が来るそうだ。数は分からないが何百万単位の子供達が清水寺にくる。そして「胎内めぐり」でサタンと親子の契約をするのである。本当に恐ろしい。だからイジメはなくならないし、逆に増え続けている。親からの虐待もひどいものがある。これが霊的な攻撃であることがよく分かる。

当然私達は本堂には入らなかったが、周りの紅葉の美しさを見て回って帰って来た。すこし気分が滅入ってしまったが、サタンとの戦いはわかる人しか出来ないことである。気を引き締めて祈りを武器に日本の子供達を守る戦略を考えなければと思った。

夜にはクリスマスのとても素敵なイルミネーションとクリスマスツリ-の数々も見ることが出来た。新しい教会ではもっと世の人々の気を惹くような飾りつけを考えなければと思った。3泊4日の楽しい旅を与えてくださり、すべての祈りを叶えてくださった天の父に心から感謝した。

クリスマスのこの時期、私達を先に選んで救ってくださった天の父の期待に応えるためにも、大胆な信仰を持って伝道しようではないか。

世界で一番はじめにイエス様を礼拝したのは当時イスラエルでは底辺な仕事として見られていた、貧しい羊飼い達であった。最高の栄誉だっただろうと思う。彼らは救い主イエス誕生のニュースを受け取ると、仕事を置いてすぐに天使の案内に応えたのだ。遠いベツレヘムまで。このような信仰こそが、イエス様が一番喜ばれる信仰ではないだろうか。

みんなで良いクリスマスを迎えましょう。アーメン。

2018年12月02日 牧師 一口メモ

12月に突入した。
歳を取ると日々が過ぎるのが早く感じられる。
今年もあっという間に師走を迎えた。考える間もないくらいに過ぎ去っていくようだ。
だからボヤボヤしていられないと思うのだが、今の生活パターンをどのように変えるのか、となると正直思いつかない。
とにかく牧師としての働きをなすしかない。祈り、聖書を読み、信徒の皆さんの相談にのり、聖書勉強会やリーダー育成会等々を続けるしかない。
ただNPOの働きも大きいので様々な方との面会もある。朝日のあたる家の移転のことで設計士や銀行の方とのやり取りも頻繁だ。ステーキハウスエルシャダイの復活の準備も忙しい。

今のところFMのラジオ伝道だけは何とかこなしているが、伝道にもっと多くの時間を割きたい。なるべくは特化できればと思うのだが、なかなかそれだけに打ち込むことができない。そこだけが不足しているのでイライラする時が多くなった。だから頭を冷やさなければ、と祈りの時間を多くとって引きこもり状態になっている。また伝道のことを考えると、時の過ぎるのが非常に早いと感じるし、多くの先輩牧師たちと同じように沖縄のリバイバルを見ないまま天に帰るのかもしれない、と思うと怒りが沸き、己の力不足を嘆くのである。

そのような時に最悪のニュースが飛び込んできた。
宮古島のパーントゥが無形文化遺産に登録されたというニュースだ。ただでさえ悪魔が沖縄を押さえ込み、リバイバルを妨げているというのに、ますます嘲笑うかのように宮古市民を「文化」という名のもとに利用している。恐ろしい形相で恐怖に泣き叫び母親に抱かれている子供たちを追いかけ、泥を塗りたくる祭りである。小さな時の恐怖心は将来に大きな影響を与え、精神的な病を引き起こす。これが霊を汚す霊的な行事であることをクリスチャンだけは知っている。だからなおさら伝道に燃えなければならないのだが…。サタンはこれでもか、というくらいに私たちの祈りと伝道を馬鹿にした働きをしている。

今年も残り少なくなってきたが何とかイエス様に喜ばれる働きをして有終の美を飾りたいものだ。そのためには近付くクリスマスに焦点を当て、家族や同僚や友人知人を教会に招こうではないか。伝道こそがイエス様に喜ばれる最善の道であることを覚えておこう。
天使たちから良き知らせを受けた羊飼いたちは、すぐに羊を野原に残して赤子のイエス様を捜しにベツレヘムに向かった。
「御使たちが彼らを離れて天に帰ったとき、羊飼たちは『さあ、ベツレヘムへ行って、主がお知らせ下さったその出来事を見てこようではないか』と、互に語り合った。 」(ルカの福音書2章15節)
イエス様が12弟子を招いた時も、彼らは同じようにすべてを捨ててすぎに従った。
「そこで彼らは舟を陸に引き上げ、いっさいを捨ててイエスに従った。」(ルカの福音書5章11節)

彼らの名は聖書に記され、世界中の人々に知られている。永遠に、だ。アーメン。

2018年11月25日 牧師 一口メモ

【嘘】と言う言葉がある。聖書の十戒には「偽証してはならない」がある。似たようなものであるが、当然人は【嘘】はついてはならないと大昔から教えられ、言われてきたことである。私の父の教育は二つだけで、「嘘はつくな」、「人に迷惑をかけるな」だった。特に嘘には厳しかった。嘘つきは信用されないし人に迷惑をかけることになる。
今年も嘘つき達が多く登場した。

日本大学のアメフトの監督とコーチが嘘をつき通して恥をかき、社会と学校と生徒たちから信用を失った。
安倍内閣の大臣達が嘘をつき通している。ひどいのは片山さつき地方創生大臣だ。政治収支決算報告書を三度ならず四度も訂正している。そして自身の顔入りの大きな看板を無許可(条例違反)で掲げていた。これらの釈明に国会で嘘をつき通している。大臣の前に、人間として資質の問題がある。だがもっとひどいのは選挙区の国民である。そのような人に投票したことを恥じていない。その前は稲田朋美元防衛大臣が自衛隊の南スーダンの日報の隠ぺいで嘘をつき通した。

女性の社会における活躍が期待されて久しい。女性の進出が国を変えるであろうと大いに期待したが、国のトップに立った方々がそのような嘘つきでは国が良くなるばかりか、よけいひどくなりつつある。また女性国会議員の不倫騒動はあまりにも目を覆いたくなる。沖縄出身の今井絵里子議員もその一人だ。

30、40年前の首相や大臣たちがこぞって嘘をつき、秘書のせいにした。宮沢喜一元首相に至っては奥さんのせいにした。安倍首相は、かつての盟友、森友学園の籠池夫婦から嘘つき呼ばわりされても釈明もなく今日に至っている。大臣や側近を嘘つきで固めている安倍さん。尻拭いを強いられている秘書や側近の方々は大変であろう。
実業界もひどすぎる。一流企業のトップ達が、データ改ざん発覚の際に平気で嘘をつくし、更にそれを部下のせいにする。

私は刑務所や警察の留置所、拘置所によく面会に行くが、彼らにかける言葉は「嘘つきを卒業しなさい」です。嘘と言い訳、そして他人のせいにすることが彼らのほとんどの態度です。このような態度から脱却しなければまた再犯に進むのです。聖書は強く命じます。「偽証するな」と。アーメン。
イエス・キリストの誕生をお祝いするクリスマスが近づいています。イエスは義を教えます。
「その日、ユダは救われ、エルサレムは安らかに住み、こうしてこの町は、『主は私たちの正義』と名づけられる。」エレミヤ書33章16節

クリスチャンが増えない限りこの社会から【嘘】は尽きない。
伝道をして義の人々を増やそうではないか。アーメン。

2018年11月18日 牧師 一口メモ

映画「パウロ」を観た。
劇場はほぼ満席だった。
結論から言うと、最高の信仰迫害の映画であった。パウロの真骨頂を見事に表していたし、ルカの活躍も良かった。二人の信仰の友情が感動を与えてくれた。どちらが主役なのかわからないくらい、ルカが用いられていた。またアクラとプリスキラ夫婦の信仰も見応えがあった。
とにかく聖書通りに表現されていて、わかりやすかったので良かったと思う。内容には触れないが、ぜひ全員に見てほしいと願っている。

☆迫害に遭ったときの対処法が描かれており、私たちに教えてくれている。
1.迫害に遭うとき、武力に頼ってはならない
2.迫害には祈ることこそが最大の武器である。
3.迫害に遭うとき、神の家族が必要である。
4.迫害に遭うとき、信仰が揺るぐことがないように。
5.迫害に遭うとき、天国のことを覚える。

最後には迫害と困難に立ち向かったパウロがどのように信仰を維持したかを教えている。
聖書に登場する先輩方、偉人たちの中でも、パウロほど迫害と困難の道を歩んだ信仰者はいない。
「マケドニヤに着いたとき、私たちの身には少しの安らぎもなく、様々な苦しみに遭って、外には戦い、内には恐れがありました。」(Ⅱコリント7章5節)

外(社会)にも問題があり、内(教会)にも大きな恐れがあったとパウロは述べている。パウロの信仰の人生がいかに問題だらけで迫害との戦いがあったかがよくわかる。
いつの日か私たちも大きな迫害に遭うかもしれない。その時がいつ来るかはわからない。しかし分からないからこそ、常日頃から備えるべきである。その備えの一つとしてこの映画「パウロ」を観ておくべきだと思う。いかなる時にも常に堂々としているパウロの姿勢に感動を覚える。信仰の情熱とイエスに対する恩義(罪が赦された)はパウロの信仰を天に向けさせる。使徒の働きや手紙書簡を読むと、パウロの魂への責任感がひしひしと伝わってくる。
「私は、ギリシヤ人にも未開人にも、知識のある人にも知識のない人にも、返さなければならない負債を負っています。」(ローマ1章14節)

救われて終わりではなく、これからが始まりなのだということがよくわかる。
クリスマスを控えたこの時期に、イエス様が地上に降りて来られた恵みを今一度実感したいものである。また伝道がしやすい時期でもある。まず、家族から始めてみようではないか。この時こそチャンスである。勇気を振り絞って行動してみよう。
アーメン。

2018年11月11日 牧師 一口メモ

一週間を振り返ってみる。
月曜日から土曜日まで丹念にスケジュール帳を開いた。
FMラジオへの出演が2回あった。伝道には特別の思いがあるので出来るだけ優先している。
リーダー勉強会、聖書を聞く会話す会、祈り会等々をこなしながら、何とか牧師の責任を果たしていると思ってはいる。スケジュールの管理が上手くなくて他の勉強会では知芽伝道師や荒木兄弟に助けを求めた。
この一週間、面談(相談含む)をした人はかなりの数に上る。教会及びNPO関係者は1日平均5件で延べ人数は約30人だった。こども食堂の件で荒木さんと外国人教会の牧師も訪ねた。
個人的には歯科に行き、整形外科に行き、足の裏の件で自家製(手作り)の靴屋さんに行った。そのうえ電話は鳴りっぱなし、掛けっぱなしである。
いやはや忙し過ぎてもよく頭が回っているなぁと思ったのはこの一週間を振り返ってみての感想である。

牧師業だけをやっていれば楽なのだろうけど、性格的になかなかそうは出来ない。なんとかしたいとは常に思っているのだが実行に移せない。今年は家族と休養を取ろうと色々な計画を立てていたのだが1つとして実現出来なかった。
ひと月程のアメリカ旅行、北海道旅行、紅葉を見に行くこと、どれか1つは出来るだろうと思っていたのだが・・・。本当に申し訳なく思っている。

ユナイテッド教会(400人メンバー)のカー牧師と久しぶりに会って話をした。
彼に引退後の夢の話を聞いた。彼は大学の講師をやるつもりだと言っていた。今51歳だから15年後には実現するだろうと言う。私は言った。
「牧師に引退はないよ。沖縄には80歳を超えた現役牧師が5人もいるよ。」
彼はまたしみじみと言った。
「牧会の労苦は65歳までで充分だ。信徒の皆さんに気を遣うのはもうたくさんだ。大学の教授ならその必要はない。生徒は授業料を払っているし、卒業するという目標があるから叱ってもついて来る。しかし教会のメンバーはそうではなく気ままに教会生活を送っているし、来たい時に来ればいいと思っている。だから大学の教授になって心を癒したい。」

私は心の中で「アーメン(然り、確かに)」と強く賛同した。
先週は私の80歳の夢をここで記したが、そのあとカー牧師から引退後の夢の話を聞くとは思っていなかった。牧師は苦労しているのだと思った。彼の夢が実現しますように。アーメン。

2018年11月4日 牧師 一口メモ

天の神様は、何故日本・沖縄にリバイバルを起こさないのだろうか。

日本人や沖縄のクリスチャン達は非常に悩み苦しんでいる。

私はクリスチャンになって28年になる。その時から牧師や伝道師や宣教師たちは沖縄からリバイバルは起こると叫んでいた。もうやがてそれは来ると祈り合っていた。その当時は多くの集会、聖会が持たれていた。海外や本土からも多くの有名な先生方が来た。そして口々にこの沖縄からリバイバルが起こると宣言して帰った。いや、もう起っていると語る先生たちもいた。あれから28年。今は牧師になって牧会活動している。そしてリバイバルのために祈っているのだが・・・。

隣国の韓国はリバイバルが起こって人口の28%のクリスチャンがいる。国に大きな影響を与えるまでになった。台湾も5~8%のクリスチャンがいて、ミニリバイバルが起こっているそうだ。また1000人規模の教会が30以上あるそうだ。中国に至ってはクリスチャンの数が約一億人にいるそうだ。

先月の世界のニュースにもなったが、中国では政府による教会の迫害がある。地下教会が弾圧を受けて牧師たちが逮捕される事態になっている。クリスチャンが増えて政府が危機感を抱いて弾圧に走った。1億2000万人くらい(ほぼ日本の人口である)のクリスチャン達が中国にはいるのである。うらやましい。

一方、日本はどうだろうか。クリスチャンの数は増えるどころか0.5%にも満たない。確かな情報ではないが一節にはクリスチャン人口が減りつつあって0.3%くらいだと言われている。1億2000万人×0.3%=36万人になる。日本の教会の数は約8000あると言う。36万人÷8千教会=45人。一つの教会員の平均数は約45人である。 沖縄はどうか。人口144万人×クリスチャン人口1%として1万4千人になる。約300の教会があるといわている。1万4400人÷300=48人。一つの教会員の数は48人となる。一教会員の数は日本本土とそう変わらないが、クリスチャン人口は本土の倍と言われている。だから1%で計算した。この数字は正確ではないがかなりの目当てにはなると思う。

隣国と比べてどう思うかである。天の父が意地悪なのか、クリスチャンの私達が悪いのか、リーダ-である牧師達が悪いのか。中国では毛沢東が政権を取った時、外国の牧師や伝道師を追い出し、中国人の牧師たちを皆逮捕してしまった。リ-ダ-達がいなくなったので信徒たちが一生懸命に祈り地下伝道した。そして1億人のクリスチャンを産んだそうだ。ヒントになりそうではないか。いよいよ牧師の引退が早まるか。(笑)

2018年10月28日 牧師 一口メモ

今年もあと2ヶ月です。時が経つのは早いものだ。いや早すぎる。なんとかしなきゃ-と思うのだが。時間をもっと大切にしないといけないとか聖書をもっと読むとか伝道にもっと励まなければ…等々。

いろいろなことを考えたのだが結論は出せなかったので、もうジタバタしても始まらないから考えるのをやめた。とにかく時間が経つのが早すぎるのを強烈に身体でも心でも感じている。これが神の経綸(けいりん)なのだろう。しかし恐ろしいくらいに心に焦りが湧いてくる。年をとるのが早すぎることに恐怖さえ覚える。このことは若い皆さんに感じることは無いかもしれない。これがすべての人の宿命の人生なのか。

なんやかんや言いながら人間の力ではどうしようもない事が幾つかある。時間は神様の摂理だからどうしようもない。年を取るのも時間の中での出来事であるからこれもどうしようもない。死ぬ時も神様の勝手だからこれもどうしようもない。だからジタバタするなと心に言い聞かせる。だからと言って夢や希望を失っているのでもない。これから先に大きな希望を持っているし、大きな夢も持っている。

「大きな」と言う言葉を使ったが規模が大きいということではない。確信と言う信仰のことである。80歳になったら引退をして、聞き屋的な気ままな喫茶店を持ちたいと思っている。その為にいろいろな構想を練っている。夢を実現させるために考えることはとても楽しい。まず、場所は何処にしようかと、あれこれ目をキョロキョロして神経を張っている。そして喫茶店の形や大きさの形態を考える。これは日々変わるが。いつも喫茶店やレストラン等々に行く時に目を凝らして見ている。そして無理しないでやれる方法もないかと考える。一つのアイディアが自動販売機を置くことである。コーヒーとサンドイッチ類の自動販売機である。そして出来るだけ24時間オープンにしたい。これの実現のために、真剣に考え続けている。11年後の夢だけど。夢見る爺さんのたわごととして聞いて欲しい。

ただ、クリスチャンは死ぬ時までイエス様に期待して希望を持つことが出来る。また、クリスチャンの人生には引退は無い。イエス様を人々に証しなければならない。その為に夢を抱いている。アーメン。

もう一つ、2人の80代のクリスチャンの方々が伝道の夢を持っていた。これがいよいよ実現する。近いうちに平和通りや国際通りに彼らがトラクトを手にして立つことであろう。サンドイッチマン(ちんどん屋)みたいにやるそうだ。昨日お2人とその実現のための話し合いをした。楽しかった。やはりクリスチャンは心の年は取らないものだ。ハレルヤ!

ヨエル2:28「老人は夢を見、青年は幻を見る」

2018年10月21日 牧師 一口メモ

皆さんのお祈りのおかげで息子が無事に関西学院大学に合格出来ました。心から感謝します。

先週、面接を終えてから合格発表まで、わずか一週間だがとても長く感じた。信じてはいたが、発表を見るまではなかなか落ち着けない。いよいよ発表の金曜日が来た。朝早くから家内に「パソコンを開いて確認してよ」と言ったが、9時にならないと見られないと言う。仕方ないのでイライラしながら待つことにした。ちょうど9時に息子と3人でパソコンを開いた。息子はびっくりするくらい妙に落ち着いている。そして淡々とパソコン開いて「あった!」と家内と番号を確認して叫んだ。何度も確認して3人で喜び合った。自然と涙が流れた。とても嬉しかった。息子を褒めて抱き合った。すぐに家内が神様に感謝をしようと言った。手を取り合って3人で感謝の祈りを捧げた。また涙が溢れてきた。心から天の父に感謝した。ハレルヤ!

昨年からの一年半余、息子の受験の為に我が家は緊張の中にあった。何が何でも息子のことが一番の生活であった。息子は小禄にある塾に通い続けた。英語塾も行き続けて検定も2級まで取得した。教会の奉仕もつつがなくやってくれた。家内は厳しすぎるほどに一生懸命に息子を支えていた。時には誰が受験するのか勘違いするほどに熱心だった。

聖書では子供の教育に失敗した信仰の偉人たちが登場する。その筆頭がサムエルであろう。(Ⅰ)サムエル8:3「この息子たちは父の道に歩まず、利得を追い求め、わいろを取り、さばきを曲げていた。」

何故サムエルみたいな方が子どもの教育が出来なかったのか不思議である。サムエルは三大偉人でもあるのだが。(エゼキエル14:14)

イサクもエサウとヤコブの教育に失敗した。ダビデもしかり。聖書で見ると子供の教育がいかに難しいかが分かる。この子供達の性質がある面で親の暴力を産むことにもなると思う。しかし、何と言おうと子どもに対する責任はすべて親にある。子どもへの虐待がいつも大きな話題になるが、聖書で教育をすれば苦労することは無いと思う。箴言は子どもの教育に欠かせない箇所である。子どもがいる方は箴言を活用する(読む)ことを勧める。いやすべての人間にも必要であるのだが・・・。

箴言23:13~14「子どもを懲らすことを差し控えてはならない。むちで打っても、彼は死ぬことはない。あなたがむちで彼を打つなら、彼のいのちをよみから救うことができる。」アーメン。

2018年9月23日 牧師 一口メモ

先週の3泊4日の韓国訪問の報告をする。

今回は5人での旅行となったが、おおむね目的は達成され大変良かったと思っている。
今回の旅行は、韓国のツイン教会(ヤン牧師)とゆいまーる教会(長尾牧師)の交流によって実現し、ツイン教会でのメッセージと刑務所伝道の奉仕が伴う旅行であった。
また、もう一つの大きな目的として、韓国料理を沖縄に取り入れるための調査もしたかったので、私と奈良蓮兄、ミスチーさんの3人は、2日間ソウルに滞在したのである。

滞在中、太田(デジュン・人口150万人)という大都市で、一つの教会を見学することが出来た。
ここは、大都市の一番の中心地に6000坪の土地を持っている大きな教会であった。
なんと、会員が約8000人所属しており、牧師が30人もおり、年間の総予算が13億円(ほとんどが献金!)。
沖縄で言うと、県庁前のパレット久茂地のような場所に教会があり、しかも規模はパレットの3倍に当たる敷地を所有しているという。
この敷地内には、小学校中学校があり、そのほかに体育館も2つあり、ここはコンサートホールとしても利用される事もあり、もちろん一般にも開放している。
また、素敵な喫茶店が2つあり、ここも一般に開放していた。
とにかく羨ましい限りであった。
一等地に大きな教会が建っていて、十字架が天に向かって大きくそびえ立っている。
この状況を羨ましいと思うのと同時に、腹がたった。
「神様、どうして沖縄・日本にも、韓国みたいなリバイバルを起さないのか」と、神様に文句を言うしかなかった…。

もう一つ、とても大事なことを報告する。
ヤン牧師の教会の会員で、看護士会の会長をしている方と食事をする機会があった。
チャンスとばかりに「太田(デジュン)には精神病院はいくつありますか」と質問した。
なんと、その答えは「2つの病院で患者数は約500人です」。
とても驚いた。
太田(テジュン)は、沖縄の人口(約144万人)とおなじ位の規模であるが、それだけの人口を擁しながらたった2つの精神病院しかないとは…。
改めて、クリスチャン人口約1800万人といわれている韓国・クリスチャン国の凄さを見せられた。
つまり、この国は霊が守られていて、きれいなのである。
それに比べて、沖縄はと言うと…。
患者を200人以上収容できる大きな病院が約30以上あり、入院している患者の数は約1万人程度といわれている。
この落差に唖然とした。
これが、仏壇や拝所の偶像ばかり拝んでいる国と、イエス・キリストを神としている国との大きな違いである。

韓国は空気も霊的にも澄んでいて、そこに住んでみたいと思ったほどである。
しかし、同時に「私達教職者には、大きな責任がある」とも思った。
もっと霊的な働きを推し進めることが大事なことであると、改めて感じた。
アーメン。  ~この続きは、また来週へ ~

2018年9月16日 牧師 一口メモ

先週の中城村議会議員選挙で、新垣博正執事が見事に4期目の当選を果たした。
皆さんの応援に心から感謝する。
特に、ウグイス嬢として連日連夜ご協力して下さった女性群に、心から敬意を表する。

沖縄では、知事選が告示された。
保守系から佐喜眞淳氏が、革新系から玉城デニー氏が立候補している。
佐喜眞氏は基地賛成派であり、政府に直結の方である。
つまり、政府の言うことにすべて従う方である。
当然予算は多く貰えるであろうが、お金をもらうと政府から都合のいいように扱われることになる。
おそらくだが、政府は目的が達成されると、徐々にお金も締め付けてくるだろう。
今までの政府のやり方として考えると、新辺野古基地に対しても、(おそらく)30%程度工事が進むと「もうお金をあげなくてもいい」と都合よく判断されてしまい、予算は当然厳しくなってくるのではないか…。

本来、政治家は短期・中期・長期に渡って政策を考えるべきであろうが、残念ながら、目先のことだけにとらわれているのが、現在の沖縄における保守系の政治家達である。
また、国の予算をあてにする政治は誰にも出来る。
そうではなく、いかに自己財源の捻出に力と知恵を絞り、無駄なものを取り除く勇気を持てるのか。
そして、弱い者に対してどのような支援をすべきかを考えるのが、良き政治家であろう。
昔の日本には、そのようなモデルになる政治家がいたのだが…(上杉鷹山 等々)

対して、玉城デニー氏の場合はどうか。
彼とは、長い付き合いがあるので、かなり詳しく述べることが出来るのだが、人柄はとても信用できる。
また、筋を通す人である。
なぜなら、超悪党と言われてきた自由党の党首:小沢一郎にずっとついてきたからである。
小沢氏には色々な問題があり、多くの側近が逃げていく中、彼は最後まで残り続けている唯一の人なのである。
私は、ある政治パーティーでその事をデニー氏に直接問うたことがある。
彼は「政治家になってから、いろいろな面で小沢一郎に教えられてきた。だから、自分の都合で離れるわけにはいかないのだ」と答えてくれた。
その時に私は、彼は損得で判断する政治家ではないと確信をした。
私は政治に興味があるから、日本の政治は良く知っているつもりだ。
デニー氏のような、義理堅い政治家は今の日本・沖縄には少ない。
だからこそ、今まで彼を応援してきたのである。
彼は、期待できる政治家であり、県民に尽くす人になるであろう。
チームをまとめるリーダーの人間性は、もの凄く大事である。

では、この事をイエス・キリストの立場から見たらどうなるであろう。
私たちクリスチャンにとって最も大切なことは、「イエス様ならどうしたか」と考える事である。
誰に投票すべきか 、又、何を持って判断する事になるのか…。

人間が絶対にしてはならないのは「戦争」である。
戦争はすべてを破壊する。
人間の命も、動物の命も、自然も完璧に破壊し尽くす。
だから、「基地に反対する人が良い」と、私は断言する。

投票先を決めるには、これだけで充分であろう。
「平和を作る者は幸いである。
その人は神の子供と呼ばれるから」
(マタイ5:9)

アーメン。

2018年9月9日 牧師 一口メモ

恐ろしいまでの自然災害がこの日本に起こっている。
台風が発生するメカニズムが完全に狂って、日本近海で起こるようになった。
以前は、はるか南のフィリピンの近海で発生し、ゆっくりと沖縄や台湾に近づいて北上していた。
しかし、今は日本近海で起こり、ほとんどが日本本土への直撃になった。
先週は台風が大阪に上陸して甚大な被害をもたらし、関西空港が閉鎖に追い込まれた。
空港で働く方々や乗客合わせて1万人が足止めを食らった。
またここに来て、大阪の震度6以上の地震が6月に発生したばかりなのに、北海道で9月7日に震度7以上の大地震が起こった。
これらのことから、政府がいかに無能なのかが分かった。
今さらでもないが、やっぱり自然の災害よりもこの国は指導者達による人災が一番大きいと確信できた。理由は「想定内」を考えていないことだ。
人間が造ったものは何でも必ず故障し壊れると言うことは想定するべきである。
20年前に発生した神戸淡路地震から、残念ながら何も学んでいない。
6000人が死亡した大震災だったにも係わらず、教訓を生かしていない。
それから、2011年に東日本大震災が起こった。
未曾有の大震災で、想定外の被害をもたらした。
福島原発の放射能漏れである。
これらの大災害を経験し、指導者達や国民は何を学んだのだろうか。
一極集中していると、災害時の対応が遅れるなどダメージが大きく、いかにもろいのかという事は、ゲリラ豪雨や台風で何度も体験しているはずだが、残念ながら改善されていない。
今回の北海道の地震でも、停電が北海道全域に広がり、なかなか停電が解消されなかった。
それは、震度7以上といわれている厚真地区に、北海道の電力供給の約半分を賄う発電所があり、そこが故障したからだ。
それが影響し、北海道全域に長期の停電を引き起こしてしまい、道民の生活に甚大な影響を与えてしまった。
おそらく、発電所を分散していればそのようなことは起きなかっただろう…。

何はともあれ、自然の災害の規模がどんどん大きくなってきている。
いつか沖縄にも来るかもしれない。
政府や行政は頼れないから、自分で備えることが大事であろう。
聖書から今の現状を見ると、幾つかのことが分かってくる。
一つは完全に神様の裁きに入っていることである。
しかし、これでもクリスチャンが目を覚まさなければ、もっと大きな裁きが来ることが分かる。
だからこそ、私達は何をすべきかを祈って考えるべきであろう。
ヤコブの手紙5章9節には、こう書かれている。
「兄弟たち。互いにつぶやき合ってはいけません。さばかれないためです。見なさい。さばきの主が、戸口のところに立っておられます。」
隣人の為に祈る者になりたいものだ。
アーメン。

2018年9月2日 牧師 一口メモ

9月は選挙の月である。

日本では、総理大臣の椅子を争うであろう、自民党の総裁選挙がある。
また、沖縄では知事選があり、那覇市、宜野湾市、豊見城市等々の市長選に加え、地方の議員選もある。
我が沖縄ベタニヤチャーチからも、新垣博正執事が中城村の議員選挙に4期目の挑戦をしており、教会の女性群が一週間に渡って、選挙カーのウグイス嬢として運動することになっている。
是非、教会をあげて応援し、4回目の当選を果たしたいものだ。

皆さんには知り合いを捜して選挙の協力を願いたい。
しっかり考えれば必ず誰かがいると思う。
また、祈りもとても大事である。
是非とも、新垣執事をイエス・キリストの証人として、中城村議会に送ろうではないか。
アーメン。

「人の命は地球よりも重い」と言う言葉がある。
おそらく、金に変えられないほどの価値があるという事で、地球を持ち出したと思うのだが、この「重い」はお金に換算するとどの位になるのか…。

聖書には信じがたいお金の話が出てくる。
マタイの福音書では、6000デナリ(約六千億円相当)を赦された人が登場する。
このお金の単位は、大きすぎていまいちピンとこない。
※参考までに、本年度の沖縄県の総務省からの予算は三千百億円である

ベタニヤという村に、イエス様を慕っていた一人の女性がいた。
彼女は売春をして家計を助けていた。
そんな彼女は、多くの人々の前でコツコツと貯めて買ったナルドの香油(香水)を、惜しみなく一滴も残さずイエス様の頭からかけた。
それは、彼女の全財産であった。
全財産をかけるほどの価値をイエス様に見出したのだ。

それと対照的なのが、12弟子の一人 ユダと言う男である。
イエス様から信頼されて会計を任されていたが、彼はイエス様に絶望して銀貨30枚(約120万円)で売ることにした。
彼がイエス様を計った価値は、たった銀貨30枚だったのである。
彼は、祭司長たちのところに行き、「イエスをあなた方に売るとしたら幾らくれるか」と聞いた問いかけに対し、彼らは「銀貨30枚」と答えた。
祭司長たちも、イエス様を銀貨30枚の価値としか見てなかったのである。

あなたは、イエス様に幾らの価値をつけているのかを考えて見る必要がある。
また、天の父は私達に幾らの価値をつけたのか。
おそらくは、地球にある物では価値を見つけることが出来なかったと思う。
だから、ひとり子のイエス様の命を代わりとしたのである。
ハレルヤ!

あなたに、天の父は大きな計画を持っている。
「すべてを捨てて従いまつらん」という、素晴らしい聖歌がある。
天にある全てを捨てて、私達の為に十字架にかかってくださったイエス様を、もう少し真剣に考えてみたいものだ。
アーメン。

2018年8月26日 牧師 一口メモ

自分で言うのもなんだが、牧師一口メモのファンは多いと聞いている。
また、直接私に「大変恵まれています」と話してくださる人もいる。
嬉しい限りである。
また、ある時には素直に意見を言ってくださる方もいる。
厳しい意見の時もあるが、たいていは一口メモに賛同してくれる。
ハレルヤ!

教会の週報は様々なスタイルがある。
どちらがいい・悪いとかの問題ではなく、教会ごとのカラーがあって興味深いという事である。
先月、久しぶりに母教会のベタニヤチャーチを訪問した。
その際に週報を手にしてみたが、昔から変わらないスタイルだったので、ちょっと意外でもあった。
このスタイルは、牧師があまり関係しないから悩む必要がない。
しかし、私が書いている一口メモのスタイルはかなり悩むことになる。
正直、一口メモの題材を捜すのが大変なのだが、信徒の皆さんの信仰の成長を願って、毎週必死に一口メモの題材を探している。
この内容は、信仰に繫がらなければ役に立たないし、御言葉が伴っていなければそれこそ意味がない…。
なので、苦労をしながら題材を集め、文章を作成している。

今回は、沖縄の政治について話をしたい。
昔から、政治に興味を失っている人や、最初から興味がなかった人もいるのであろう。
特に、若者と女性が政治に弱い傾向が見受けられるのだが、地方の首長選挙の投票率が40%を切り、平均は37~38%といわれている。
これは非常に危険なことであるが、この事に気が付かない人が多い。

歴史を紐解くと、昔から悪い政治家が登場すると、国民は苦労することになっている。
聖書の歴史を見てもわかるように、良い王が登場すると国が良くなり、国民も安心して暮らしてきた。
しかし、悪い王が登場すると、国は疲弊し、国民は高い税金を負わされ、戦に夫や子供を駆り出され、そこで多くの命が失われ、人生の最大の悲劇を体験することになる。
聖書には多くの王が登場しているが、イエス様がほめた王様はホンの数人しかいない。
ほとんどの王は悪い事ばかり行って、神様の怒りを引き起こしてきた。
その度に、国民は辛い思いをしてきている。

今の日本・沖縄は、政治に興味がない人達が大幅に増えてきた。
この事は、今の政権を執る者達にとって、大変都合がいい状況といえるであろう。
なぜなら、悪いことや嘘をついても、多くの国民には「関係のない事」としてかたずけられるからだ。
しかし、いくら様々な形で語っても、聞いた人々の考えにインパクトを与えるのは難しい。
マラキ書は、幸いと呪いを明確に示している。

今度、沖縄では知事選挙が行われる。
私達は聖書に基づいた正しい判断力を持って、しっかりと良い政治家を選ぶようにしたいものだ。
なぜならば、クリスチャンは平和を作る国民だからである。
アーメン。

2018年8月19日 牧師 一口メモ

聖書のなかでは、賜物(たまもの)について大きく取り扱っている個所がある。
この「賜物」という言葉は、クリスチャンになって初めて知った言葉で、クリスチャンがよく使う表現・用語と言っても差しつかえないと思うが、賜物には様々なものがある。
本来、イエス様は信じる者みんなに賜物を与えておられるのだが、「この賜物はあなたには与えられているが私には与えられていません」という言い訳にも使われる事があるので、気をつけなければならない。

先週は、ある姉妹の問題の解決の為に東京に行った。
一人の姉妹の為に奉仕を振り切って行くのはどうかと思う・・・との意見も当然あるだろう。
しかし、苦しむ羊の為に良き牧者は行かねばならないと、私は考えている。 

また、こういう場合、「イエス様だったらどうしただろうか?」という事を基準として考える。 苦しんでいる羊のもとに行かず、奉仕を優先しただろうか…。
それとも…。

答えは見つからないが、実はこのようなことは初めてではなく、これまでも常に起こってきたことである。
ある時は、家族の要望によって、福島の会津若松まで三度ほど問題児を迎えに行った。
ある時はとても寒い2月、体験したことがない寒さに震えながら連れ帰って来た。
別件で、島根刑務所に迎えに行ったこともある。
この時もみぞれ交じりの雨が降って、とても寒い時だった。
又、ある兄弟は、自立すると東京に帰ったのだが、仕事をクビになり、アパートの家賃が払えなくなって追い出されたので、
家賃の滞納分と清掃費用を持って迎えに行った。
もちろん彼の飛行機のチケットも持って…。

ある時は、他の教会の女性から息子の助けを頼まれた。
彼女にはヤクザになった息子がおり、ヘタをうってしまい組に迷惑をかけたので、大阪に逃げたそうだ。
しかし、逃亡資金が底をつき、ホームレスになっているので助けに行ってほしいとの事だった。

今までに、このような出張レスキュ-を数多くこなしてきた。
いや、これは過去の事ではなく、現在進行形として今も続いている。
多くの場合、本人も家族も資金が乏しいので、ほとんどが自費で行くことになり、「自費のレスキュ-は当たり前」という状況であった。
しかし、イエス様はこのようなことに使う資金も常に満たしてくれた。
ハレルヤ!

一人一人を大事に出来なくては、働きも賜物も意味がないと思う。
そのような素敵な働きの賜物が、私に与えられているので喜びに絶えない。

私の牧会の信条の基本は聖書にある。
それはクリスチャンとして当然であるが、常に具体的にこのことを言葉に出してきた。
つまり「貧しい人、苦しんでいる人、悩んでる人、虐げられている人の為に働きます」と。
しかし、そのことは私を長い間苦しめてもきた。
何よりも恐れたのが、この働きに自分は向いていないのではないかと言う囁きだった。

だが、主イエスに不可能なことはひとつも無い。
だから今がある。
アーメン。

2018年8月12日 牧師 一口メモ

翁長知事が膵臓がんで逝去した。
非常に残念である。
沖縄の長い歴史のなかで、県民の立場で政府と対峙した政治家であった。
今までの沖縄県の政治家批評では、このように政府と対峙した政治家は瀬長亀次郎と二人だけであるといわれている。
瀬長亀次郎は、アメリカ軍との土地の強制収容の戦いに命を懸けて、ブルドーザーの前に立ちはだかった。
県民の土地を守る為に東奔西走し、那覇市長時代にはアメリカ軍政府とアメリカに頭を下げる県民の政治家達と対等に戦って、県民の意識を改革した。
一方、翁長知事も保守の政治家でありながら、県民の命と財産を守る為に日本政府と戦った。
特に、辺野古の新基地反対においては、壮絶な戦いとなった。
巡り巡って左派勢力と言われる社民党、社大党、共産党の政治勢力との協力関係に入り、さながら左派の政治家か?!と思うほどに、多くの方々から支持を得た。

その翁長氏と、8年前に遺骨収集で面会をした事がある。
時間にして30分くらいだったが、当時、選挙に落選した国場幸之助さん(現衆議員)を通して面会の段取りができたので、彼にも同行してもらった。
その時、国場幸之助さんに対し、翁長市長(当時)
は「何で君がいるの?」「落選したらただの人だよ」と言い放ったのだ。
その言葉を聞き、小さくなっている国場さんへ「次回は頑張れよ」と言葉をかけている姿を思い出した。
市長の貫録と凄みをみた瞬間だった。

巨大な怪物の現政府(安倍政権)と戦い続けてきた3年半もの間、私達県民に大きな勇気を与えた立派な政治家であった。
イデオロギー思想よりも、県民を守ることを優先した政治信条は、最後まで揺るぐことは無かった。
願わくば、翁長知事の死を通して、政府にしか顔を向けない県民の政治家達の目が覚めることを願う。

神の経綸は非常に早くなっているように思う。
やがて日本にリバイバルが起こるのであろうが、私達クリスチャンも、翁長知事に倣って信仰が揺るぐことなく神様に喜ばれる働きをしたいものである。
聖書にも書かれているように、いつの日か大迫害と大災害が見舞うことになるだろう。
その時に、私達の信仰は成長して大きな働きをしていると信じたい。
そして、どんなことがあっても一歩たりとも退くことなく、揺るがない信仰を持っていたい。
とにかく、天の父に願うことは、この沖縄にリバイバルを起こして、基地の島から福音の島に変わるように…
と、毎日必死に祈っている。
ベタニヤチャーチは、二度とこの島で戦争の悲劇が起こらないよう、祈りと伝道に励むことを信条にしている。

絶対にリバイバルは起こる。
その為にも、皆で備えをしたいものだ。
アーメン。

2018年8月5日 牧師 一口メモ

日本の国の中で、キリストの教会はとても正常である。
教会は女性が中心であり、非常に珍しい組織形態であるといってもいいだろう。
女性無くして教会は成り立たない。
これは、とても聖書的でもある。

日本の社会は世界でも珍しいくらい男尊女卑である。
40~50年前から経済は一流、政治は三流と言われてきたが、残念ながら今日の社会を見ればまさにその通りである。
現代もそれは変わっていない。
先日、東京歯科医大学が長年に渡って女性受験者の点数を減点していた事が発覚した。よくもバカな教授達がそろっていたものだ。
この事について、誰も何も意見をしていないのがこの組織の恐ろしさを物語っている。
言葉は荒いが、今の日本のすべての組織の指導者達はバカぞろいと言っても良いだろう。
政治家達が嘘つきの集団であり、官僚達は権力者におもねる集団になり、裁判所の裁判官たちは善悪の判断を失って人の命を屁とも思ってない。
検察と警察は正義を捨てて、メンツを重んじる最低の集団になり下がった。
経営者達はひたすら儲けることばかりを考え、人の命なんかくそくらえの集団になっている。
スポーツ団体のリーダー達は、ゴッドファザー気取りの集団である。
もうこの国は、世界の笑いものに成り下がってしまった。

今回の女性受験者の点数減点事件は、もしかすると他の大学でもおこなわれているかもしれない。
この事を、女性たちは大いに怒ってほしいと願う。
何しろ、半数以上の国民が完全な盲目なので、今の政権と自民党を支持しているのである。
これは自浄能力が完全に喪失している証拠ともいえるであろう。
だから、生きている神が日本を裁かれる時が来るのは目に見えている。

しかし、このような乱れた世の中であっても、私達キリストの教会はまだしっかりと律法を守り、罪と必死に戦っている。
また、自浄能力もしっかり持っているので、聖書に出てくるコリントの教会(第Ⅰコリント5:5)とは少し違う(と思っている)。
聖書の「使徒の働き」という個所では、プリスキラとアクラという夫婦が登場する。
この二人は仲のいい夫婦であり、霊的な働きが出来た夫婦であった。
どちらかと言うとプリスキラ(奥さん)の方が主導権を握っている。(使徒18:2)。
また、タビタという女性も聖書にはでてくる。(使徒9:36)
彼女は「やもめ」であったが、女性達のリ-ダ-として、多くの女性達に服や下着やバッグを縫ってプレゼントしていた。
こういった働きは、教会の貴重な宝であった。

このように、聖書はすばらしい女性達の働きを描いている。
キリストの教会が何千年も生き続けているのは、女性達のたゆまぬ働きと祈りのおかげである。
今の日本の社会はキリストの教会に学ぶべきであろう。
教会の男性諸君よ、女性達に尊敬と感謝を忘れぬように。
アーメン。

2018年7月29日 牧師 一口メモ

この日本は、何時からおかしくなったのだろうか。

未曾有の災害は起り続けている。
また、人災も起り続けている。
しかも悲惨な事件である。
何もかも狂って来た。
何にもまして、倫理観が完全に狂っているとしか思えない…。

しかも、もっとも怖いのが、何をも恐れぬ国の指導者達である。
恐れぬ心は何を仕出かすか分からない。
彼らは、善悪の判断が欠如して完全に狂っている。
首相はカジノ法案の設立でギャンブル中毒の人を増やそうとするし、働き改革においては働く人を自由に扱えるようにして経営者を喜ばせる提唱をしている。
また、文科省のトップ達は、長年に渡って賄賂で行政を利用し、自分を喜ばしてきた。
裏口入学の賄賂をしていた官僚がいるという事だけでもあきれるが、東京歯科大学の学長がいとも簡単にその話に乗るのだから、恐ろしい。

私は、裏口入学をしたことになってしまった息子の事が心配だ。
おそらく、彼は父が権力と賄賂で「裏口」から入学させたとは、つゆほども思っていなかったであろう。
実力で合格したと思って、学園生活を謳歌していたはずだ…。

おそろしい事件は相次ぐ。
銀行員が妻を殺して実家の庭に埋めた。
しかも、母親が妻の遺体を埋めるのに協力している。
何をかいわんやである。
また、夫を殺してコンクリート詰めにして押し入れに隠していた事件や、両親が5歳の長女に虐待を繰りかえして殺した事件も記憶に新しい。

災害も続く。
今回の西日本一帯を襲った水害は、200人超の命を奪った。
人間の力と知恵をもってしても、防ぐことは出来なかった。
あれもこれも、すべて人間の欲望によって起こったことである。

ただひたすら、経済の発展だけに目を向けていく人間の心に歯止めはかからない。
その根底には競争原理が働いている。
一億総競争社会で勝ち組に入ることだけが人生の目標になった。
その為にはとにかく有名になり、財産を築き、指導者の一員になることだと思っている。

しかし聖書は言う。
テモテ(Ⅰ)6:10金銭を愛することが、あらゆる悪の根だからです。
本当の成功者は誰か、本当の幸いな人は誰か、キリストに来る人ではないか。
罪赦されて自由になり、主と共に歩む人ではないか。
そして永遠のいのちを得た人ではないか。
隣人に目を向けて、貧しい人に手を開く人ではないか。
そのようなきっかけを与えられた人は幸いなり。
アーメン。

2018年7月11日 牧師 一口メモ

46年前のある日、父の具合がおかしくなったので、直ぐに病院に連れて行った。
医者は父を診察した後に、淡々と「がんです。余命は約3か月です。」と私たちに向かって言い放った。

それから父は入院し、8時間に及ぶ大手術をしたのだが、幸いなことにその手術は成功した。
手術後、しばらくして入院中の父のところに母が来た。
そこで、私の人生最大と言っても良い位、衝撃的な出来事が起こったのだ。
私は父の側にいて看病していたのだが、母が病室に入るや否や、父は母に向かって「直ぐに病室から出て行け、おまえに看病されたくない」と怒鳴り、母を拒否したのである。
戸惑う母と私。
しかし、父は頑強に母を拒否した。

  しかし、何故だ…
  何故、父は母を拒否するのだ。
  長年、辛苦をなめ合って連れ添った仲ではないか。
  これは、長時間に及ぶ手術による後遺症なのか…

私は非常に大きなショックを受けた。
結局、原因は分からず、もやもやした思いのなかで、2年後に父は死んでしまった。
それから、私が一人暮らしの母を訪ねるたびに、がっかりしてけげんそうな様子で病室を後にした母の顔を思い出していた。
とうとう、母の悲しみを知る由もなく、また聞けないまま、4年前に母も天国に行ってしまった。

父に拒否されてから40年間、母は父のことをどのように思っていたのだろうか…。
毎年のお盆の時期に、父の位牌にどんな気持ちで手を合わせていたのだろうか…。
夫婦って何なのか…。
人間の幸せって何なのか…。

一人一人大きく違うとは思うが、結婚ははたして人を幸せにすることが出来るのだろうか…
家庭を持つと幸せになれるのだろうか…
そして、「幸せ」とはどんなものなのだろうか…。

聖書に登場する夫婦は幸せだったのだろうか。
 アブラハムとサラは?
 イサクとリベカは?
 ヤコブとラケルは?
 そして、マリヤとヨセフは?

現代でも、夫婦は喧嘩を繰り返しながら共に生きて行く。
人間の心は本当にまか不思議である。

聖書はおかしなことを言う。
  ①創世記6:6では、神様が人を創ったことを後悔する。
  ②エレミヤ書17:9では、「人の心は何よりも陰険で、それは直らない」。
  ③へブル3:8「いつまで、お前たちはこころをかたくなにするのか」

これらの箇所を読むと、まさに人間の心・感情を神様でさえ持て余しているのが分かる。
しかし、聖書を読み始めてからそのような神様の心と気持ちがよく分かるようになった。
なぜなら、自分自身の心の底を見れるようになったからである。

人の心は最近の天気のようにいつでも変わる。
いや!すぐにも変わる。それも、激しく、ころころと。
 …それが、私であることを知っているから。