神様から受けた恵み

沖縄ベタニヤチャーチの教会メンバーの体験談をご紹介します。

神様から受けた恵み ~救われた証~

体験談などをご紹介します。

教会メンバーの体験談をご紹介します。 ぜひご覧ください。

大城 夏子

イエスキリストを受け入れて、悪夢を見なくなりました

大城夏子 (糸満市出身)

私は幼いころから、良く悪夢を見ていました。
特に蛇の夢が多く、噛まれたり巻きつかれたりと怖い思いをするだけではなく、ぬめっとした感触や悪臭までも記憶にはっきりと残るくらい、気持ちの悪い夢でした。

それは大人になっても消えることはなく、母や周りの人に相談をしても「蛇は縁起のいい夢だから」などと言われてしまい、私の気持ちをなかなか分かってもらえないまま、気持ちの悪い思いを抱えたまま、眠れぬ夜を過ごす毎日でした。
そんな時、あるきっかけで教会に行く機会があり、そこで初めて霊の世界の話を聞き、私の見ていた夢は悪霊の仕業だという事を知りました。
そこで、私は聖なる神であられるイエス・キリストを受け入れる事を決めました。聖書を読み、祈ることで、心が安らいでいくのと同時に、どんどん私から悪い霊が離れていくのが分かりました。

今ではもう、蛇の夢や悪夢を見ることはありません。
本当に生きて働いている神はただ一人、イエスキリストだという事。
そして、神様はこの世で生きている人間一人一人を愛しているのだという事を、多くの人に知ってほしいと願っています。

大城 夏子

刑務所でキリストに出会った

長尾伸也牧師

私は小さい頃から 親の言うことを聞かず、悪いことばかりしてきました。 中学卒業後に母が亡くなった、それからは歯止めもきかず、やることもどんどんエスカレートしていき、ついには覚せい剤に手を出すようになってしまいました。 こんな生活ですから、何度も警察に捕まり刑務所にも入りましたが、その度に「アイツのせいだ」「今度は捕まらないようにしよう」などと考え、反省することはありませんでした。そのうち、まともな友達はいなくなり、父や兄からも絶縁されてしまいましたが、それでも覚せい剤をやめることはできませんでした。

35歳の頃、二度目の服役を終えた時、あてもなく沖縄に来ましたが、今考えると、これが私の人生を大きく変えるターニングポイントだったのです。

沖縄に来てしばらくすると、寝るところもお金もなくなってしまい、途方に暮れてしまいました。沖縄には知り合いがいなかったので、頼れる人も場所もなくて困っていたところ、教会に助けられました。助けてもらってありがたいと思いつつも、人生をあきらめていた私の生活は改まることもなく、それまでと同じように毎日酒を飲み、事件を起こして逮捕されてしまったのです。

近所の方に迷惑をかけ、世話になった教会に迷惑をかけた私に対しても、教会の牧師は呆れて見放すことなく、情状証人として裁判に出廷し、「彼は私が必ず更生させますから、今回だけは寛大な処置をお願いします」と証言をし、深々と頭を下げてくれたのです。その姿を見て、私は牧師に対して初めて心を開くことができました。

結局、私は三度目の刑務所に入ったのですが、牧師からの「聖書を読みなさい」というアドバイスに従い、時間を見つけては聖書を読むようにしました。聖書の中には、どうやって生きていけば良いのかという教えや知恵がたくさん書かれており、いろいろ考えさせられることがありました。

その中でも、「神に従わない者は、自分の罪の縄に縛られる」という言葉を読んで、私は目が覚めました。 自分の人生がうまくいかないのは神に従わないからだ、とわかったのです。そして、これからは聖書の神イエス・キリストを信じて生きていこうと決心しました。 それから、すべてが良い方向に変わり始めました。

出所してすぐにクリスチャンになった私は、人生に希望が持てるようになりました。自分の力ではどうしてもやめられなかった覚せい剤も、すんなりやめることができました。 また、聖書の教えが自分の考え方の基準となり、何が正しいのかという答えを、聖書から考えるようになりました。

そして、これからの人生を人のために生きていこうと思うようになりました。 私と同じ過ちを犯している人を、本物の神であるイエス・キリストのもとへ導き、助けたい。希望があることを伝えたい。そのような思いから神学校で学び、2018年にベタニヤゆいまーる教会の牧師になりました。

神様を信じるまでは人生をすっかり諦めてしまっていた私でしたが、クリスチャンになり、逆転の人生を送っています。 神学校での学びを通し、クリスチャンのすばらしい女性と出合い、結婚することもできました。

絶縁されていた兄とも連絡が取れるようになり、私たちの結婚式にわざわざ埼玉から参列してくれ、家族の関係も回復できました。は妻とふたりで力を合わせて、神様の働きができることが私たちの喜びです。 私は今、とても幸せです。神様はどんな人生を送っている人でも愛しています。こんな私でさえも救ってくださり、良くしてくださったのですから。

2019年にいただいた神様からのプレゼント

石田知芽
昨年、神様から2つのプレゼントをもらいました。
躁鬱病の前の夫の暴力暴言が耐え切れず、この教会に逃げてきて、離婚し3人の子供たちとも会えなくなっていました。女の子2人男の子1人います。子どもたちの事は1日も忘れたことがありません。毎日早天(朝の祈り会)に来て、欠かしたことがないのは3人の子供たちの事の祈りです。そして2012年、恩納村の祈祷院に居た時に3回断食して祈りました。子供たちの事が思い出され、あんなこともした、こんなこともしたと悔い改めに導かれた事が何回もあります。祈っていると映像が見えて子供たちの事を傷つけていたんだと涙があふれてきて、悔い改めました。その祈りを神様は受け入れてくださり、悔い改めをした後、すぐ孫と会うことが出来、その後息子と会う事が出来ました。しかし、娘たちとは、まだ会えていませんでした。

神様からのプレゼントのまず一つ目は、息子の事です。暴言暴力があり、精神病院に入院させた事もあります。アパートを借りて私のそばに住まわせた事もありました。ある時、「東京に行くから。もう、仕事も見つけて寮に入るから。」と言って東京に行ってしまいました。仕事ができる状態ではないのにと心配はありましたが、送り出しました。その後は色々ありましたが、母の日の少し前に息子から電話があり、「お母さんが、一番僕の事を考えてくれてたね。ありがとう。仕事も掛け持ちで2つやってるよ」と報告を受けとてもうれしかったです。神様から母の日のプレゼントを貰いました。

2つ目は、2人の娘たちの事です。神様からクリスマスプレゼントを貰いました。
前の夫と離婚してから娘たちと数年間は会えていましたが、ある時から完全に会えなくなって、連絡も取れなくなり、もう祈るしかありませんでした。末の娘は、一生会えないと思っていました。
11月の終わりに東京から母がきました。なぜ来たかというと、私が娘たちと会えなくなっていることに心を痛めて、「もう沖縄は来れないわ」と言っていたのですが、87歳でありながら、沖縄まで来てくれました。転ぶといけないので羽田空港までは私の兄が送ってくれて、那覇空港までは私が迎えに行きました。
「あんたが孫たちと会えないままじゃ死ねないわよ」と言いながら、母は孫に電話し長女の電話番号を聞き出してくれました。そして母が電話すると、長女が出て「元気?」「どこに泊まっているの?」母は「あなたのお母さんのところよ」なんて話をして、「ご飯べに行こう」ということになり、私と電話をかわり、長女が「お母さんといつまでも喧嘩しててもしょうがないしね。お母さんも一緒にご飯食べに行こうね」といってくれて、長女と15年ぶりに和解が出来ました。そして、一生会えないと思っていた次女も連れて来てくれて、次女と15年ぶりに会うことが出来ました。メールも交換できて、いつでも連絡が出来るようになりました。長女は子供3人になっていて、次女は結婚していて2人の子供が生まれていました。今は、孫が5人も持つようになりました。ハレルヤ!
長女の家には何度か米を持って行ったり、野菜ジュースを持って行ったりしましたが、会ってくれず、次女は居場所もわからなかったです。祈る事しか出来ませんでした。しかし、神様は、私を憐れんでくださり、私の祈りを聞いてくださいました。そして、この間のベタニヤクリスマス会には、孫が3人来てくれました。ハレルヤ!!!
神様から、大きなプレゼントを貰いました。すべての栄光賛美誉れは、神様のものです。
早天(朝の祈り)の恵みはとても大きいです。皆さん祈らないと損しますよ!

詩篇5:1~3
私のことばに耳を傾けて下さい。主よ。私のうめきを聞きとってください。
わたしの叫ぶ声を耳に留めてください。私の王 私の神 私はあなたに祈っています。
主よ 朝明けに 私の声を聞いてください。
朝明けに 私の声を聞いてください。 
朝明けに 私はあなたの御前に備えをし 仰ぎ望みます。